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専門用語とは?

表題の通り、専門的な用語というかそれを手話にする難しさについて書きます。
私はどちらかというと非常に器用貧乏でございます。
色々な分野の仕事を経験してきました。

業種によって同じ業種間であればほぼ共通のサインがございます。

恐らく手話歌制作者としての仕事よりも長い時間経験してきた土木・水道工事、舗装工事などのガテン系ですと
機械の名前が一般の方にはわからないものも多いですね。
ダンプや削岩機(ハクリと呼んでいます)などは一般の方も見ればわかるようなものでしょう。
ですが、ユンボ(小型・中型掘削機械)と重機(バックホーなど)とは同じショベルカーではありますが
重機は大量の土砂などを掘っていけるのですが細かな動きは苦手とします。
これに対してユンボは大量の土砂掘削は重機に負けますが非常に細かく掘っていけます。
穴を掘って管を組んでいくという部分は人力に頼るところも大きいのですが、
掘削した部分の埋戻しの時はランマーやプレートといった突固めをする機械を使います。
何じゃそりゃ、となるのはそういう業界を知らないからなのですね。

庭師をやっていたときは左官の技術や塀の積み上げ、塗装などが必要でした。
クレーンを使っての庭石の配置や木の植込みもやります。
多かった道具は狭いところも多かったのでハクリを多く使っていました。

また、ディスクグラインダーやブロックカッター等の工具も多く使いましたね。

舗装道路のアスファルトを切るロードカッターというものもあります。
土木等の工事にはこういった特殊工具は普通に使います。

大型機械ですとロードローラーや舗装素材散布機などもございます。

上記が土木系でほぼ見かけるシロモノです。

産業廃棄物(特定家電)である場合は、「マニフェストシール」といういわゆる「リサイクル券」の発行もありますし、
積み込みと中間集積所などがございますね。
回収品をただ集めて持っていくだけではなく、メーカーごとに値段が違うこともありますし、
モノによっては同種のものを集めて売ります。

再資源化という言い方をするところもありますね。
銅、アルミ、鉄(鋼鉄、鋳鉄含む)など

運送系だと発注書、納品書、請求書、運行予定表といった書類から、
運行前点検から数量チェック、積み下ろし、待機場所…
それぞれに専門用語が飛び交いました。

上記は私が経験した仕事のほんの一部ですが、ありとあらゆる業界には専門用語や専門工具などあります。
そして、その多くは健常者でも普通に使う「ワークサイン」として使っているものもあります。

聴覚障害者が仕事をするに当たって、こういった専門用語を覚えるのはもとより、
それによるサインを覚えて仕事をします。
これは健常者でも同じですね。

何故か警官でもないのに「マル秘」「ホシ」「ガイシャ」「パケ」だとかそういった言葉を知っている方々も居ますが
これはテレビの影響(笑)

さておき、基本としてそういった専門用語にサインがあり、明確にそれと特定できる場合は比較的スムーズ
しかし、サインもない状態ですと手話化を図らないと通じない。

手話通訳者が同業者だと話が早いのですが、そういう例は非常に少ないので
外部の手話通訳者さんを呼ぶことになったとき通訳者さん自身が「意味がわからない」ことになります。
日常のお仕事の場合は同業者同士での会話ですから専門用語に関してはなんとかなるにしても
逆に「モノ」はわかっても「どうしてほしいのか?」が伝わらないというケースも。

私の趣味の方ではかつてメンバーが20人規模の「走り屋チーム」“自由騎兵”というバイクチームがありました。
バイクのあらゆる部品の多くをメンバー間だけで通じる手話として生み出し、
メンバーの関係者や友人などを通して広がっていくという稀有なケースも有りました。

フロントフォークとリヤサスペンション…どちらもバネとオイルによる緩衝装置ではありますが
手話は明確に違います。
タイヤとホイールは車だと割とワンセットと見なす場合が多いですが、
それも分けて表現します。
バイクならではのギアチェンジと車のマニュアルギアチェンジは動作が違う。
もちろん手話としても違います。 バイク乗りで車も公道レーサー(懐かしい響きだ)に移行する人もいるので
車ならではの手話表現がまた生まれます。
私の年代が走り屋ブーム全盛期だったので手話が爆発的に増えたのはその辺りかもしれません。
それ以前にもそういう趣味の人が居たはずですがあまり見かけませんでした。
そして今だと走り屋ブームも終焉し、どちらかというと「日常の足」的な部分が大きくなり
もっと言うなら免許は持ってるけどペーパーという人も多くなっています。(実車を所持していない)
なので、新しい手話もなかなか生まれていません。
そのせいか、ハイブリッドなどの「一般的な人々が見聞きするであろう言葉」の手話だけに縮小されている気がします。

ここまで書いてきて“職業レベル”の専門用語や趣味などにおける専門用語を通訳することの難しさを
自分自身が痛感してしまいました(汗)

皆さんのお仕事や趣味に関しても同様のケースがきっとあるはずです。
一度考えてみませんか?

 

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:聴覚障害関連
Home >> 聴覚障害関連 >> 手話のレベルについて

手話のレベルについて

先日私のFacebookのプライベートページでもシェアしましたが、
個人的にも手話サークルにて手話学習者の興味深い質問があったので取り上げてみます。

Q.「手話が出来ます。」と名札に記載する例が増えているが、「手話が出来る」とはどれ位を考えますか?

A.興味深い質問ですよね。
基本的に、「日常会話がこなせるレベル」からは出来ると言っても差し支えないと思います。

Q.「手話のレベル」は実際のところどのように分類してますか?

A.あくまでも私個人の見解では挨拶ができる程度であれば、「手話を知っている」とみなします。
ここで注意していただきたいのは「手話ができるレベル」であっても「聴覚障害者を理解しているとは限らない」
また、全くというほど手話を知らなくとも「聴覚障害者が困ることを理解しており、対応できる方もおられます」

私の両親や弟は手話は少々知っているが「出来る人」ではありません。
私の聴覚障害ゆえに「出来ないこと」や「非常に困難であること」は理解はしている。
ただ、これはあくまでも私と相方のレベルに合わせた対応ができるということで、
完全に手話のみでのコミュニケーションが必要な方々の対応はできません。

また、幼稚園の時からの幼馴染がおります。
彼は「手話の存在」は知っていても「手話を知らない」人です。
私の家族ほどではありませんが私の「聴覚障害ゆえに困ること、出来ないこと」は理解した上で対応ができます。
これもはっきり言えば私以上にコミュニケーションが困難な方の対応はできません。

「指文字」でコミュニケーションは「ひらがなだけで筆談するようなもの」なので食い違ってしまう部分はどうしても出てきますし、
人によっては「指文字でのコミュニケーション」を苦手とする人も居ます。

従って、手話だけに限定するのであれば「手話ユーザ」と言えるレベルが「手話の出来る方」と考えます。
すなわちこれは「手話でのコミュニケーションが図れる」ということであり、
職業でいいますと「自分の仕事内容を正しく説明できるスキルが有る」ということでしょうか。

ここでの問題点は「マクドナルド」などの飲食店で注文を間違わずに受けることが出来、
品切れなどの対応に関しても説明できるレベルとなりますが、
薬剤師などになると専門知識が必要なので説明できる内容の幅に大きな違いが出てきます。

コンビニで「お弁当温めますか?」や「お箸を付けますか?」というような話や、
タバコを買う時の「20歳以上である場合はタッチしてください」をタッチしてという場合は簡単に示すことが出来ます。

ですが、道に迷った人が「このコンビニの近くなんだけどどこかな?」と道を訪ねたとします。
これに答えられるならば「出来る人」かもしれません。
出来なければ「知っている人」でしょうね。

薬剤師であればこういう単純なものではなく「この薬はご飯を食べた後に飲んでください」とか、
「薬をもう一度飲むときは4時間以上空けてください」など、一気に難しくなります。
手話で会話ができる人でも「言葉の意味を正しく伝えられるか?」が出来なければアウトでしょう。

笑い話ではなく本当にあった実例に「食間」ということで「ご飯を食べながら薬を飲んだ方」
「座薬」を座りながら飲んだ方もおられます。

最低でも色々な言い換えを持って柔軟に対応できる人を「出来る人」と私は言っても良いとは思いますが
ここまで来ると「手話を駆使できる人」と言いたいですね。

そうなると「手話の存在を知っている人」、
「手話を知っている人」
「手話の使える人」
「手話を駆使して説明などが出来る人」
「手話通訳が正しくできる人」
この4つかと思います。

あくまでも私見ですが、参考になれば。

 

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Home >> 聴覚障害関連 >> 聴覚障害者の言語取得について【その4】

聴覚障害者の言語取得について【その4】

またまた時期が開いてしまいましたが、
聴覚障害者の言語取得についての「その4」です。
お恥ずかしながら、その4まで続くとは思いませんでした(^_^;)…
それだけ言語取得については様々な問題があるということですね。

さて、乳幼児期や幼児期における言語取得に関してはその3までで書かせて頂きました。

言語取得は聴力を失った“時期”とその後の教育(訓練?)によって大きな差が出てきます。
また、家庭や地域及び、学校の環境にも左右されます。

今現在でも生まれてすぐの赤ちゃんからご高齢の方まで聴覚障害者というのは数多く居るわけですが
それぞれの世代というか時期によっても大雑把なグループ分けができてしまう特徴を持ちます。
やはりこれはそれぞれの世代というか時期に
◎いつ聴力を失ったか
◎どのような家庭で生まれたか
◎どのような教育条件であったか
上記の3つとその組み合わせの数だけ分かれてきます。

私の例で言いますと「70年代前半生まれ」、「5歳頃発見」、「両親が健聴者」、「普通校育ち」
このような条件となります。

参考までに私の相方ですと「70年代後半生まれ」、「ほぼ生まれつき」、「両親が聴覚障害」、「ろう学校育ち」
上記の例になります。

言語取得の爆発期という時期があるそうですが、この段階で語彙をどれだけ得られたかで大きく分かれてきます。

1才児〜2才児は語彙が非常に少ないといわれています。
ですが、興味は非常にあり、執着も好奇心もあります。

この時には「4本足=犬」ということで「わんわん」ということは可能ですが、
「猫であってもわんわん」といったりする子もいるかも知れません。
この時は、「犬を見て“わんわん”という」というご両親などの発声を聞いて「わんわん」という言葉を覚えた。
ですが、それに繋がるのは何かというと「よく見ているもの」に繋がります。
「猫のいるご家庭」では「にゃんにゃん」が先かもしれませんが、
発音的には“わんわん”と“にゃんにゃん”どっちが言いやすいかという部分も関係するでしょう。

そこからどんどん「モノの名前」を覚えていく。
発声は単にその名前を言いたいからでしょうねぇ。

手話などの動きで「表現がこうだよ」ってわかっていたら、それを繰り返し言うようになるでしょう。

そこから次は「形容詞」…大きい、小さいなどですね。
あるいは「動詞」かもしれません。

ここから基本的な「5W1H」のルールを取得すると2回目の「言葉の大爆発期」が起きます。
「何故?」「どうして?」と次々と意味や答えを求める時期ですね。
早い子で3〜5歳、遅い子でも7〜9歳といわれてますねぇ。

そのタイミングでどこまでの“基礎語彙”を手に入れるかでその後の人生がだいぶ変わると感じます。

モノの基本を言えて、問うことが出来るならば、それを利用して更に言葉を覚えるのは容易くなりますから。

その積み重ねをどれだけ積んできたかで「その時点での語彙数」が決まってきます。
これは環境などの要因もありますし、本人の意志といいましょうか、うまい言葉が見つかりませんが
教育などの環境下においてどれだけ他者とのコミュニケーションを取ったか…ということになると思います。

大人になった私も「渡米時代」において、「日本語でのモノの名前」を「英語ではどう言うか?」から
英語の語彙数が増えていきました。
また、英語もそうですが、聴覚障害者のコミュニティーにも参加していたので、
ASL(アメリカ手話)での語彙数があっという間に増えて、帰国する頃には「日本手話」を忘れてしまった感がありました。
今では帰国してからかなり経ちますのでASLはもはや忘れた…という感じですが(汗)

この経験から考えると「鍵になる言葉」を手に入れて、
その鍵を使って扉を開けると「鍵になる言葉」が見つかるという印象でしょうか。

私が児童の言語取得及び、「語彙数拡大」を考えるに、
私が経験した「渡米時代の経験」が恐らく、幼少時に皆経験をしているのだろうと推察します。

大人になったときに何らかの差異が見受けられるのは、
その語彙数拡大に関しての「取得可能環境」とその維持が多分に関わってきているのではと思います。

よく聞く話の中に「ろう高齢者は国語力が足りない」などという話がありますが
それは恐らく、最低限の教育を受けてすぐに仕事というような世代に多いのでは?と思います。

私の父親も中卒で仕事に就きました。(後年、夜間学校で高卒になりましたが)
そのような時代ですと中卒で仕事という例は珍しくないでしょう。

「学校で勉強することがなんの役に立つ、そんな暇あったら算盤でも覚えろ」というような時代ですと
早いうちから職人の弟子だとかで仕事をされてますから、その仕事に関わる語彙はそれなりに持っていても
それ以外の語彙になると取得機会が少ないのではと思います。

また、1979年(昭和54年)までは義務教育の免除及び就学猶予というものがあったため、
それ以前に児童だった方々には学校行っていない方もおられる。

義務教育は6歳から15歳(小・中)であるのですが、学年は同じでも年齢は上の同級生が居たりという話も聞きます。
ろう学校に入れる余裕などが整っていれば良いのですが、
基本的に各県に一つだけみたいな感じが多いのですね。
そうなると、寄宿生活(寮生活)が難しい子も居るでしょう。

ある程度大きくなってから、やっとろう学校に入るという感じですかね。
今でも寄宿舎のあるろう学校(現在の聴覚支援学校)は多いです。

義務教育として通わせるには遠すぎる距離だったりしますので…
普通校に通う子はまだまだ少ない時代だったと思います。
その時代は学校が入学を拒否したり出来ますので。

1979年当時6歳だった方〜は「養護学校でも義務教育必須!」となりましたので
義務教育だけは最低限受けている方が居る時代だと思います。

このような環境下では語彙の取得に関して機会が多かった人と少なかった人との差は大きな幅となってしまうでしょう。

ちなみに義務教育の走りは明治33年の尋常小学校無償化からと言われています。
それまでは有料だったので行けない子も居た。
現在の形の義務教育のあり方に変わったのは1947年(昭和22年)の学制改革による。
盲学校とろう学校は1979年以前から健常者の普通校と同じように移行はできたが、
完全な今の形の義務教育がきっちりなされるようになるにはやはり1979年まで待たねばならなかった。
(日本初のろう学校は1878年、「京都盲唖院」が初)

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