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手話のレベルについて

先日私のFacebookのプライベートページでもシェアしましたが、
個人的にも手話サークルにて手話学習者の興味深い質問があったので取り上げてみます。

Q.「手話が出来ます。」と名札に記載する例が増えているが、「手話が出来る」とはどれ位を考えますか?

A.興味深い質問ですよね。
基本的に、「日常会話がこなせるレベル」からは出来ると言っても差し支えないと思います。

Q.「手話のレベル」は実際のところどのように分類してますか?

A.あくまでも私個人の見解では挨拶ができる程度であれば、「手話を知っている」とみなします。
ここで注意していただきたいのは「手話ができるレベル」であっても「聴覚障害者を理解しているとは限らない」
また、全くというほど手話を知らなくとも「聴覚障害者が困ることを理解しており、対応できる方もおられます」

私の両親や弟は手話は少々知っているが「出来る人」ではありません。
私の聴覚障害ゆえに「出来ないこと」や「非常に困難であること」は理解はしている。
ただ、これはあくまでも私と相方のレベルに合わせた対応ができるということで、
完全に手話のみでのコミュニケーションが必要な方々の対応はできません。

また、幼稚園の時からの幼馴染がおります。
彼は「手話の存在」は知っていても「手話を知らない」人です。
私の家族ほどではありませんが私の「聴覚障害ゆえに困ること、出来ないこと」は理解した上で対応ができます。
これもはっきり言えば私以上にコミュニケーションが困難な方の対応はできません。

「指文字」でコミュニケーションは「ひらがなだけで筆談するようなもの」なので食い違ってしまう部分はどうしても出てきますし、
人によっては「指文字でのコミュニケーション」を苦手とする人も居ます。

従って、手話だけに限定するのであれば「手話ユーザ」と言えるレベルが「手話の出来る方」と考えます。
すなわちこれは「手話でのコミュニケーションが図れる」ということであり、
職業でいいますと「自分の仕事内容を正しく説明できるスキルが有る」ということでしょうか。

ここでの問題点は「マクドナルド」などの飲食店で注文を間違わずに受けることが出来、
品切れなどの対応に関しても説明できるレベルとなりますが、
薬剤師などになると専門知識が必要なので説明できる内容の幅に大きな違いが出てきます。

コンビニで「お弁当温めますか?」や「お箸を付けますか?」というような話や、
タバコを買う時の「20歳以上である場合はタッチしてください」をタッチしてという場合は簡単に示すことが出来ます。

ですが、道に迷った人が「このコンビニの近くなんだけどどこかな?」と道を訪ねたとします。
これに答えられるならば「出来る人」かもしれません。
出来なければ「知っている人」でしょうね。

薬剤師であればこういう単純なものではなく「この薬はご飯を食べた後に飲んでください」とか、
「薬をもう一度飲むときは4時間以上空けてください」など、一気に難しくなります。
手話で会話ができる人でも「言葉の意味を正しく伝えられるか?」が出来なければアウトでしょう。

笑い話ではなく本当にあった実例に「食間」ということで「ご飯を食べながら薬を飲んだ方」
「座薬」を座りながら飲んだ方もおられます。

最低でも色々な言い換えを持って柔軟に対応できる人を「出来る人」と私は言っても良いとは思いますが
ここまで来ると「手話を駆使できる人」と言いたいですね。

そうなると「手話の存在を知っている人」、
「手話を知っている人」
「手話の使える人」
「手話を駆使して説明などが出来る人」
「手話通訳が正しくできる人」
この4つかと思います。

あくまでも私見ですが、参考になれば。

 

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Home >> 聴覚障害関連 >> 聴覚障害者の言語取得について【その4】

聴覚障害者の言語取得について【その4】

またまた時期が開いてしまいましたが、
聴覚障害者の言語取得についての「その4」です。
お恥ずかしながら、その4まで続くとは思いませんでした(^_^;)…
それだけ言語取得については様々な問題があるということですね。

さて、乳幼児期や幼児期における言語取得に関してはその3までで書かせて頂きました。

言語取得は聴力を失った“時期”とその後の教育(訓練?)によって大きな差が出てきます。
また、家庭や地域及び、学校の環境にも左右されます。

今現在でも生まれてすぐの赤ちゃんからご高齢の方まで聴覚障害者というのは数多く居るわけですが
それぞれの世代というか時期によっても大雑把なグループ分けができてしまう特徴を持ちます。
やはりこれはそれぞれの世代というか時期に
◎いつ聴力を失ったか
◎どのような家庭で生まれたか
◎どのような教育条件であったか
上記の3つとその組み合わせの数だけ分かれてきます。

私の例で言いますと「70年代前半生まれ」、「5歳頃発見」、「両親が健聴者」、「普通校育ち」
このような条件となります。

参考までに私の相方ですと「70年代後半生まれ」、「ほぼ生まれつき」、「両親が聴覚障害」、「ろう学校育ち」
上記の例になります。

言語取得の爆発期という時期があるそうですが、この段階で語彙をどれだけ得られたかで大きく分かれてきます。

1才児〜2才児は語彙が非常に少ないといわれています。
ですが、興味は非常にあり、執着も好奇心もあります。

この時には「4本足=犬」ということで「わんわん」ということは可能ですが、
「猫であってもわんわん」といったりする子もいるかも知れません。
この時は、「犬を見て“わんわん”という」というご両親などの発声を聞いて「わんわん」という言葉を覚えた。
ですが、それに繋がるのは何かというと「よく見ているもの」に繋がります。
「猫のいるご家庭」では「にゃんにゃん」が先かもしれませんが、
発音的には“わんわん”と“にゃんにゃん”どっちが言いやすいかという部分も関係するでしょう。

そこからどんどん「モノの名前」を覚えていく。
発声は単にその名前を言いたいからでしょうねぇ。

手話などの動きで「表現がこうだよ」ってわかっていたら、それを繰り返し言うようになるでしょう。

そこから次は「形容詞」…大きい、小さいなどですね。
あるいは「動詞」かもしれません。

ここから基本的な「5W1H」のルールを取得すると2回目の「言葉の大爆発期」が起きます。
「何故?」「どうして?」と次々と意味や答えを求める時期ですね。
早い子で3〜5歳、遅い子でも7〜9歳といわれてますねぇ。

そのタイミングでどこまでの“基礎語彙”を手に入れるかでその後の人生がだいぶ変わると感じます。

モノの基本を言えて、問うことが出来るならば、それを利用して更に言葉を覚えるのは容易くなりますから。

その積み重ねをどれだけ積んできたかで「その時点での語彙数」が決まってきます。
これは環境などの要因もありますし、本人の意志といいましょうか、うまい言葉が見つかりませんが
教育などの環境下においてどれだけ他者とのコミュニケーションを取ったか…ということになると思います。

大人になった私も「渡米時代」において、「日本語でのモノの名前」を「英語ではどう言うか?」から
英語の語彙数が増えていきました。
また、英語もそうですが、聴覚障害者のコミュニティーにも参加していたので、
ASL(アメリカ手話)での語彙数があっという間に増えて、帰国する頃には「日本手話」を忘れてしまった感がありました。
今では帰国してからかなり経ちますのでASLはもはや忘れた…という感じですが(汗)

この経験から考えると「鍵になる言葉」を手に入れて、
その鍵を使って扉を開けると「鍵になる言葉」が見つかるという印象でしょうか。

私が児童の言語取得及び、「語彙数拡大」を考えるに、
私が経験した「渡米時代の経験」が恐らく、幼少時に皆経験をしているのだろうと推察します。

大人になったときに何らかの差異が見受けられるのは、
その語彙数拡大に関しての「取得可能環境」とその維持が多分に関わってきているのではと思います。

よく聞く話の中に「ろう高齢者は国語力が足りない」などという話がありますが
それは恐らく、最低限の教育を受けてすぐに仕事というような世代に多いのでは?と思います。

私の父親も中卒で仕事に就きました。(後年、夜間学校で高卒になりましたが)
そのような時代ですと中卒で仕事という例は珍しくないでしょう。

「学校で勉強することがなんの役に立つ、そんな暇あったら算盤でも覚えろ」というような時代ですと
早いうちから職人の弟子だとかで仕事をされてますから、その仕事に関わる語彙はそれなりに持っていても
それ以外の語彙になると取得機会が少ないのではと思います。

また、1979年(昭和54年)までは義務教育の免除及び就学猶予というものがあったため、
それ以前に児童だった方々には学校行っていない方もおられる。

義務教育は6歳から15歳(小・中)であるのですが、学年は同じでも年齢は上の同級生が居たりという話も聞きます。
ろう学校に入れる余裕などが整っていれば良いのですが、
基本的に各県に一つだけみたいな感じが多いのですね。
そうなると、寄宿生活(寮生活)が難しい子も居るでしょう。

ある程度大きくなってから、やっとろう学校に入るという感じですかね。
今でも寄宿舎のあるろう学校(現在の聴覚支援学校)は多いです。

義務教育として通わせるには遠すぎる距離だったりしますので…
普通校に通う子はまだまだ少ない時代だったと思います。
その時代は学校が入学を拒否したり出来ますので。

1979年当時6歳だった方〜は「養護学校でも義務教育必須!」となりましたので
義務教育だけは最低限受けている方が居る時代だと思います。

このような環境下では語彙の取得に関して機会が多かった人と少なかった人との差は大きな幅となってしまうでしょう。

ちなみに義務教育の走りは明治33年の尋常小学校無償化からと言われています。
それまでは有料だったので行けない子も居た。
現在の形の義務教育のあり方に変わったのは1947年(昭和22年)の学制改革による。
盲学校とろう学校は1979年以前から健常者の普通校と同じように移行はできたが、
完全な今の形の義務教育がきっちりなされるようになるにはやはり1979年まで待たねばならなかった。
(日本初のろう学校は1878年、「京都盲唖院」が初)

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Home >> 聴覚障害関連 >> 聴覚障害者の言語取得について【その3】

聴覚障害者の言語取得について【その3】

ずいぶん前回の記事から時間が開いてしまいました。
さて、前回は“語彙”=“モノの名前”についての考察を自分の体験も踏まえて書いてみました。

「語彙数と生活力は一致しない。」というのがある意味結論ですね。
“語彙”が必要とされるのは他者とのコミュニケーションにおいて…ですから。

モノの概念を知っていることと、名前を知っていることは必ずしも一致しません。
多くのろう者はモノは知っていてもそれを正確に表現する語彙が足りない場合はしばしば見受けられます。

前回例にしたのは「魚」、「アジ」としましたが、
この例は「魚」という大分類としての「モノの名前」と小分類での「アジ」という“魚の名前”を例にしております。

食べられるもの、食べられないものは人類発祥の時から…いえ、生物が誕生したときからの知識の積み重ねです。

これとこれは「同じく魚だが別だ」と他者に伝える場合は小分類でいうところの「アジ」など名前が必要になります。
お寿司屋さんの湯呑にあるような「魚の名前の漢字」のごとく、
大量の語彙を持っていると「自分が食べたい魚」を“特定”できます。

お刺身状態だと、マグロとカツオはパッと見分かりづらいですよね。
ここで「この魚はなにか?」という問いが出てきます。
返事によって「なるほどこれはカツオか」と理解するのです。

ですので、いわゆる「学がない」という方でも、それを表す語彙を持っていないだけで、
それは「どういうものか?」は知っております。

この部分は見えるもの、見てわかるものであれば、言語の違いを越えて相互理解は出来るものでもあります。
ただ、非常に面倒くさい。苦笑

言葉とはスムーズに物事を伝えることが出来るように生まれてきたと思っております。
そして、「これは〇〇という」といった形で周知していった結果…多くの語彙が生まれてきました。

ここでのポイントは先人が後輩たちに伝えていってるからというのがあります。
赤ちゃんは何も知らない。
語彙を持っていない。

そこに教えていくのは両親だったりします。
幼児期であれば幼稚園や保育園の先生など教えてくれる方々が増えてきます。

そこには“尋ねる”行為と“答える”・“説明する”行為があります。
ここには共通の言語が必要ですね。

乳幼児の第一声に「パパ」、「ママ」とどっちが先に言ってくれるか?などという話もありますが、
これは、毎日のように父親が「パパだよ〜」、母親が「ママだよ〜」と言っているのを認識して
真似をしてみると喜ぶという反応で「この人は“パパ”である」
「この人は“ママ”である」と固定することになります。

声を出しているが、「意味がわからない」というのはひたすら聴こえた音を真似しているという
いわば自己認識中なのです。

ここまでは聴こえるご両親と聴こえるお子さんの関係ですね。

これがお子さんが“聴こえない子”であった場合、“聴いて真似する”行為のうち“聴く”が出来ません。
親御さんがろう者で、お子さんが聴こえる子でも親御さんが発声しない場合は、
“視覚表現の真似”を行います。

この視覚表現の真似は聴こえるお子さんでもやりますが、
聴こえないお子さんの場合は目で見るものでしか判断できないので
動作を真似る行動が豊かになります。

聴こえない親御さんのもとに生まれた聴こえるお子さんの場合も
音は感じてはいるんだが、両親の会話は手話だったりなのでやっぱり動作の真似の量が多いようです。

ですので、「言葉とはなんぞや?」という非常に大きな哲学的テーマを子供のときにやるので
どんな形であれ、「モノの名前」などをどのように取得していくか?が幼児教育の課題でもあります。

言葉の大海のなかで揉まれて「言葉」を覚える子が「語彙力のファーストステップ」をいち早く踏み出せる。
では、聴こえない子は賑やかな雑踏のような場所での言葉は耳では入ってきません。
そのために「視覚表現」として「手話」を使っての「語彙力のファーストステップ」が必要ではないか?ということになります。

「モノの名前」に代表される語彙取得のきっかけは「どうやって?」が大切です。
そこには人種は関係ありません。
日本人の子供が日本語から覚えるとは限りません。
在日の外国人の子供も二世、三世ともなると一世世代の母国語なんて話せない例が一気に増えてきます。
在日韓国人や中国人の三世辺りの方にきいてみれば、ほとんど母国語よりも日本語です。

同じ例が日系の方々。
ロスに居たときにお会いした日系人三世世代の方々は英語ばかりで日本語は苦手。
ロス自体が結構アジア人多いので、多少は一世、二世世代の影響もあって日本語を喋られる方も居ますけどね。

もっと乱暴な言い方をすれば、元々はアフリカにルーツを持ち、
コンゴやギニア辺りのルーツを持っている方でもアフリカーンス諸語は話せません。

奴隷制があった頃からの延々とした長い世代交代の流れの中で既に英語以外はわからないということに。

ですので日本人の赤ちゃんが居たとして、孤児かなにかで里親に引き取られた時、
その義理のご両親が英語しか話せなければ「語彙力のファーストステップ」は「英語」であり、
「英語」以外にふれる機会がない…ということになりますね。

聴こえる子の「語彙のファーストステップ」はご両親などの環境に左右されますが、
聴こえない子の場合はどうしても聴こえる子のやり方では「語彙力のファーストステップ」は出遅れてしまいます。

大阪府の場合は「こめっこ」なる早期幼児教育を開始させ、「手話による言語概念」を図っております。
手話だけが達者になり読み書きが出来ないのでは?とも思うでしょう。
実はそんなことはなくて、「言語概念」さえ身につければ、それを元に日本語の読み書きに持っていくこともやりやすくなります。
コミュニケーションが成立するのでそれを生かして「教えることが出来る」からなのですね。

発声の機能を失っている訳でもありませんので、発声の訓練そのものはしっかりやれば話せるようにはなるでしょう。
ただ、口の形を真似して、出した声がどの様子なのかを指摘の積み重ねで“覚える”という形ですね。
発声に関してはそれ以外に手はないでしょうね。


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