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「わ行」の発音。

久しぶりに国語の話題。
私のように「言語」、「日本語」を専門にやってると、そう言われてみればと思う質問が出てくることがあります。
何がどう違うのかを尋ねられても答えづらいのは発音の問題。
現在、音楽をやっている立場ですが、「音」の違いにもまだピンときていません。

そんな私が言語に強い方にお尋ねした質問がこちら。

50音のわ行には「わ」「い」「う」「え」「を」の並びがあり
「い」と「え」はそれぞれ「ゐ」と「ゑ」になっておりますが発音はどうなっているのでしょうか?

これに関して回答をいただきました。
私の耳では違いが認識できませんが…

日本語における「わ行」の子音は「w」であり、「わいうえお」はそれぞれ、
「wa」、「wi」、「wu」、「we」、「wo」となっており、厳密には「い≠ゐ」、「え≠ゑ」である。
本来ならば「wu」も「う」ではないが筆記文字がない。
「ゐ」はどちらかというと「ウィ」、「ゑ」は「ウェ」という発音が本来の発音だそう。

更に「や行」における「やいゆえよ」も本来は「ya」、「yi」、「yu」、「ye」、「yo」となり、
「yi」「ye」の筆記がない。
だが、「ye」は「イェ」と発音するのが本来だそう。

50音の中で「や行」、「わ行」が「やゆよ」「わをん」でまとめられている現代だが、
意識せずに使い分けていることが多いそうだ。

確かに古きウィスキーのブランドで「ニッカウィスキー」…「ウヰスキー」と書いていた。
本当ならば「ヰスキー」で良かったのだ。

"whisky"(イギリス英語) または "whiskey"(アメリカ英語、アイルランド英語)と書くのだが、
「w」で始まっている。
ローマ字で「wisuki-」と書くような発音だとすると(或いはそう聞こえた)ならば
それを忠実に再現しようとすると「ヰ」の文字が出てくる。

日本語もやはり時代とともに言い方が変わってくるものもあるのだが
「いろは歌」(『金光明最勝王経音義』1079年成立:初出)にて「ゐ」と「い」、「ゑ」と「え」を重複させていない47音がある。
これを考えると、本来は発音が違うし、同じには聴こえないことから別物と判断していたと思われる。
現在は表記上の省略?で50音といいながら実際は穴あきになっているのも理解できる。

ただ、「こんばんは」を「こんばんわ」と発音するように、「は」と書きながら「わ」と読むもの
同様に「へ」→「え」という助詞の発音変化もあるので日本語話者は特に意識していなくても
外国人(母語が日本語以外)の方だと「筆記は同じなのに発音が違うのは何故?」と思うことは多いのではなかろうか。

私がこれにずっと気になっていたのは「英語」を学ぶにあたって「Knight(騎士)」、「Night(夜)」のように
どちらもカタカナでは「ナイト」と書く。
頭に付いている文字を発音しないものに出会ったことからだ。

手話歌以前より歌が好きで音楽が好きだった。
外国語のものでも歌いたいと思ってしまったとき、どう発音すれば良いのかに悩んだ。
ましてや、同級生が「アイドル」だとかにわぁわぁやってた頃、
私はそれに興味なく洋楽ばかり聴いていたので、
何とかして歌いたいと思っていたのもあるかも知れない。

一度みなさんも自分が喋っている発音について「ゐ」なのか「い」なのかなどを意識してみてはどうだろうか?
日本語の音の響きの美しさは50音におさまらないものであるはずです。

これは「い」じゃないなぁ…などと感じたものがあれば是非教えて下さい。

 

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:言語考
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旧友に会えた日

先日「パプリカ」をテスト撮りして、YouTubeにアップしました。
私が歌っています(笑)

さておき昨日は古き友に再会した。
高校の時に、自分以外のろう者に会うことがない…同じくらいの世代の。

その当時、大阪にはろう学校が3つあった。
これを全部行ってみようと思ったのが始まりで、
埋まったら、近畿全部行ってやろうと思った。

近畿と言っても広いんだが…一応全部埋めた♪
非常に長い付き合いの「ギタリスト」の大ちゃんもその当時知り合った。
最近、子供のこともあって支援してた「ムッチー」も大阪うめうめ時代に仲良くなった。

今回は和歌山だ。

青年部時代に再会して以来なので結構経つ。

今うちの相方も法人後援会の役員として頑張っているんだが、
実は私もかつては色々と支援活動してたんだよね。

施設の話を聞いてて、ふと思った。
私は、よく話が長いと言われる。
その理由…わかった。

普段から人に会わないから、会えた時は嬉しくてついつい長話になってしまう。
嫌いな人だったらサッとスルーするけど、長話してしまう相手って「好き」なんだねぇ。

私と高齢者施設に居る高齢者の方々と比べちゃいけないんだけど
聴覚障害者向けの施設が必要だと思う気持ち…自分はよく分かる。

私は特に手話に拘る訳ではないけども、やっぱり話せる相手がほしいと思うのは同じだから。

ましてや学校に行けなかった高齢者の方などは手話のみ。
字も読めないという人も居る。
大阪や京都、神戸とかだったら全く字が読めないという人はそんなに多くない印象。

和歌山や滋賀とか言い方悪いけど「田舎」になると若いうちから農業やら林業やら「仕事」を先にやっている人が多い。
なので、字が読めない、書けないはあまり問題にならない…そういうケースもあります。

そういう生き方をしてきた人が、老人ホームに入って、かつての仲間たちとはあまり会えなくなる…
その寂しさは察して余りある。

周りに人はいても手話がわからない、使えない人ばかり。

随分昔の話だが、尼崎方面の老人ホームに或る聴こえないお爺さんが居た。
手話の使える、ちょっとした通訳も出来る方に「助けて」と連絡があり会いに行ったわけだ。

身寄りも居ない、手話が通じない、筆談も無理。
通訳者を連れてきても通じないので途方に暮れてたという状況。

私、子供の時から本好き。
言葉というものに強い想いを持ってる。
自分で言うのも何だが想像力も自信あり。

かんたんな手話なら多少は通じるので(名前とか挨拶など)
そこをきっかけに話しかけてみた。

確かに依頼してきた方が言うように手話が普段見慣れてる感じのものではなかった。
相手の表情や手の動きから…見えてきたものをやり取りしているうちに
私は“彼の手話”を理解し、それを使えるようになってた。

広島は呉の生まれで、工場で見様見真似で働いていた話だとか、
自分の友達が死んでしまったとか、
彼は嬉しかったのだろう…それは雄弁に語り始めた。

私はそれを見ながら、声で依頼者の方に彼のいわんやとすることを通訳。

この経験があるからなのかわからないが、スイッチが一度入れば自分の言葉が切り替わる
実際、普段使うような手話ではなかったとあとになって言われた。

写実的な表現に日本語によらない文法。

スイッチが元に戻ると再現しろと言われても無理だが、
よく考えれば、ベトナム人のろう者が日本に来たとき
ベトナム手話で話してたはず。(それもホーチミン手話)
普通にわかるし、普通に会話してた。

在米時でも同じで、ASLというよりはCL型に分類されるであろう手話表現を駆使して
誰とでも話した。
国際手話にちょっと近いかも知れない感じだね。

勿論、帰国する頃にはASLを普通に使ってたけど。

言葉を理解したければ想像力が必要だと本気で思ってる。
筆記された文章じゃない。
会話する能力。

恐らく今自分が手話歌制作家になってるのも、
言葉にこだわり、表現に拘っているからだろう。
歌は日本語どおりやると意味がわからないとか反対の意味になったりとか…
見る人に国語力を求めてしまう。

手話を知らない人には通じない歌って…(汗)
手話であることと音声であることで壁を作りたくない。

歌詞カードと全く同じに読めなくていい。
想いや、情景を感じて欲しい。

そんなことを帰り道で考えてしまった。

に、してもかつて、いわゆるヤンキーとしてはしゃぎまわってた同じ年の友人が
方や、施設の要となり、方や歌うたいになってるとはね。

人生ってわからんもんだわぁ苦笑

 

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金沢にて

先日、私としては珍しく?久しぶりに?遠出してきました。
行き先は石川県金沢市。

後輩というか友人の結婚式にお呼ばれして向かいました。
あいにくの雨でしたが、数年ぶりに久しぶりの友人に再会。
相方のマカオ行きに一緒に行った“マツ”です。

さておき、私は石川県に関しては福井からちょっと石川に入った?というエリアまでしか行ったことがなく、
手話歌や言語考察にはまり込んでからは初めてです。

手話を勉強している方なら「石」という手話に何通りかの表現があることをご存知かと思います。
「石川(県)」では「石」を顎にぶつける表現は高齢の方には嫌がられるそう。
「石川県」を表す手話にはその表現は使わないのですが「石」と単独で使う場合はこの表現もあります。

私はそもそも、「石」を漢字表記だという説明は後付だと思っています。
何故ならば「石」を漢字で表現するというのは「川」を水の流れではなく“川”と漢字で表現するのと同じなのです。
そして、多くの場合“川遊び”などの表現では“水”の表現を使います。
身近にある“ただの石ころ”をわざわざ漢字に変えて表現するのは考えにくい。

見たまんま、の表現であるでしょう。
これは高齢の方に説明らしきものを受けた時どう表現したかを思い出しました。
たいてい子供の頃に石というものは拾い、握り、投げる、置くというような行動にあったと思います。
それを考えると野球のボールで一人で遊ぶ時の左手のグローブにボールを投げる…そんな動きがあっただろうと思います。
コブシで左手に投げつけるように当てるという仕草で石を表したと思われます。
これで石の硬さを感じることも出来ますね。
逆に「鉄」という手話は左手は石と同じくするのに対し、右手は二本指で爪先を手のひらにぶつける仕草をします。
これは鉄というものがあまりにも硬く、すこし叩くだけでも甲高い感じの音がするからではないでしょうか。
石材、木材と比べ、鉄材は軽く叩くことによって硬さを確かめます。
ろう者の場合は音で判断はしないと思いますが叩いた時の感触で薄いか厚いか、硬いか柔らかいかはわかります。
アルミだって硬いものは硬いのですが鋼鉄などと比べれば柔らかく、それは叩くことでわかるものでもあります。
最初に硬いものの代表として石があり転じて鉄という手話が生まれたのでは?と私は予想します。

とはいうのも、昔の手話の本では「〇〇はこう表現する」とだけあって、何故その表現かという説明があまりありませんでした。
日常会話などにおいては「語源」を知らなくても会話は成立するので問題となりませんが、
他言語使用者に「何故か?」と問われると説明に困るものが結構あります。

また、石川県と言えば2/3が能登半島。
昔は喉仏の辺りを指差し「能登」と表したそうですが、これは「喉(ノド)」と「能登(ノト)」が似ているということで
いわば手話ダジャレのような感じで使われていたのでしょう。

金沢は旧国名が『加賀』でした。
この辺りは旧国名が結構多く入り組んでいます。
東北をみちのくというように旧国名が残っている場合…これに関する手話はどこまで残っているのかを尋ねましたが
残念ながらあまり詳細な記録はないようです。

大阪でも旧国名は河内・和泉・摂津の三国。
ろう協のブロック分けで「北摂・京阪・河内・泉州・市(大阪市)」と5ブロックに分かれています。
この中に旧国名3つは「北摂(北+摂津)」、「河内」、「泉州(和泉+州)」と残っていますので
まだ何とか表現できなくもありません。
お隣の兵庫だと「五国」です。(丹波、播磨、淡路、但馬、摂津)
四国のようにほぼ旧国がそのまま県になったような場所もありますし、
手話の出来方といいますか伝わり方がどこまで残っているか…非常に気になります。

とは言うのも、民謡や演歌などでは「地名がそこかしこに出てくる」例が多く、
「南国土佐を後にして/ペギー葉山」では土佐、播磨屋橋、桂浜と名所の名前が…。
「リンゴ追分」ですと「お岩木山」など…。

私も好きな「津軽海峡・冬景色」では「龍飛崎」

ごらんあれが龍飛崎 北のはずれと
見知らぬ人が指をさす


見事に地名が出ています。
これは「リンゴ追分」の歌作りのときに、ちゃっかり私の個人的依頼で教えていただきました。

私が民謡や演歌(ご当地モノ)を作る時、そういうその地域の伝統手話を入れておくと
歌い継がれる限り、手話も残ります。

そのやり方を使ったのが全国ろうあ者大会・京都でした。
京都の地名が山ほど入った歌を見事に手話歌として残っております。
これを見て、私はご当地手話を積極的に取り入れて作ることによって
伝統の手話を残していくちょっとした力になれるのではないかと思っております。

ただ、八重山の手話・沖縄の手話の時は、手話指導のろう者が少なく、
NHKの手話講座を利用して勉強をしている方も多く、
ご当地手話に明るい人には出会えませんでした。

こういう例もありますので、出来る限り急いでご当地ソングを通して伝統手話を知りたいなと思うのです。
ろう者が音楽が好きだとか民謡に強いというのは本当に限られたケースと思いますので
手話歌制作者として頑張って拾っていきたいなと思いました。

今回の金沢行きでは埼玉、山形、石川と知り合いが増えましたので
北信越の場合も攻めていければと改めて思いました。

九州は福岡、筑紫地方では確か炭坑節という民謡が。
頂けたチャンスは必ず生かして頑張りたいですね。


 

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