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謝辞〜北の大地へ〜

昨晩、生まれて初めてLINEビデオチャットをした。

信じられないようだが、本当の話。

もちろんビデオチャットそのものはやったことは何度もある。
しかし、パソコンでのビデオチャットであり、LINEで…というのはない。

理由?スマホでビデオチャットって大変じゃね?だったから。

パソコンでも通信速度の関係でコマ落ちになったりと会話がし辛い時があるのに、
スマホでは流石に…と思っていたのだね。

それはさておき、今回、ビデオチャットを久々にやることになったのは
青森県のご当地の手話が知りたくて。

今までも「いい日旅たち・西へ」の時に「しまなみ海道」の手話は?と岡山県と広島県と愛媛県の方に教えていただいた。

そして「高知県人会」での公演にと依頼された「南国土佐を後にして」
これは、四国ろう協の事務局長さんに四国の手話の本「あさいと」出ましたと案内いただき、
なおかつ、高知県ろう協青年部の方に高知ならではのご当地手話(上記「あさいと」には未記載)を
教えていただいて作った労作。

今回は不思議な縁あって「リンゴ追分」…青森県の手話対策部にいる理事の方に手話をお尋ねした。
最初は相方を通してメモのような内容で質問したのだが、これが難しい。

大阪での通常の感覚と青森の通常の感覚では違うのだね。
例えば沖縄の感覚を大阪の感覚では表現できない。
雪が降らないのは大阪もあまり降るほうじゃない。
しかし、沖縄だと雪が降るというのは数十年に一度みたいな感じ。

寒さも大阪ですらマイナスになる時もあるが、沖縄はマイナスにならない。
青森だとその逆で、雪はガンガン降る。
日本は南北に広いということが非常によく分かる。
北は寒帯、南は熱帯と言っても良いくらい広いんだね。

そして、手話もそれぞれの地域で違う。
今までたくさんの歌を手話歌にしたが、ご当地ソングと言っても良いようなものは、
その土地の手話を使いたい。
ましてや、古い手話であるならば、それは私の作品の中でしっかりと留めおきたい。

手話というのも移り変わりがあり、
国語的に古文にあたる言葉から、今のカタチまで日本語でも移り変わっているのだから、
手話ももちろん消えていく手話もある。

京都は嵯峨野にある「日本手話研究所」だったか、「保存手話」というカタチで手話辞典に載る場合もあるが、
その地域でならではの手話は残念ながらそこまで拾ってはもらえない。
(決して頑張ってないという意味ではなく…広すぎるんです日本は。そして多すぎるんです。方言の数くらいに)

そういう面では京都の手話に関する取り組みは凄いものがある。
「河原町」という地名を他県の人間が見れば「川+原+町」と表現するだろう。
一応漢字的には間違ってはいない。
しかし、京都では昔お針子さんがたくさんいたエリアだというので
人差し指の背でメガネをずりあげる仕草をする。
この表現だけで「河原町」となる。
もっと言うなら、京都といえば「祇園」であろう。
京都のろう者は「祇園」と「祇園祭」は手話を変えて表現している。(別物扱い)

これは、私が大阪でも北部、京都寄りである高槻に住んでいるせいもあって
学生時代から京都には馴染みがある。
母方の親戚は大抵京都だったりするので尚更、京都は近い。

また、京都は日本初のろう学校「京都網唖院」というものが出来た土地柄。
同じ近畿ゆえ、多少は分かる見たことがある手話…はあっても、
それのみしか認めないという手話サークルだってあったくらいだ。

よく考えてみてほしい。
波乗りの関係で過去に四国には何度も行っていた。
そのフェリーの最終到着地は「足摺岬」
漢字通りに「足+擦る+岬」でいいのか?
同じように本州の北端である有名な場所に「龍飛崎」がある。
「竜+飛ぶ+岬」で良いのか?
そもそも現地の人はそんな手話表現で表しているのか?

歌には古い日本語が残るものもある。
なのに、手話歌ではそういう歴史は残さないのか?

それを考えるとやはり、こだわりたいポイントだ。

昔作った歌に「襟裳岬」というのがある。
襟裳は地名だから「襟(昭和)+「も」」とは表したくない。
せめて道民が普通に使っているものを使いたい。
それ以外は辞典に載っているような手話でも大丈夫ではあるが(但し、歌の意味を捉えて演出・創作工夫は必要)
襟裳だけはご当地のもの。

またもう一つ。
花の咲き方で季節感が違うのをしっかり考えたい。
例えば梅・桃・桜・林檎…それぞれの花が咲くシーズンは場所によって違う。
大阪だと割と花と花の季節はちょっとあいた感じではあるが、
青森も同じとは限らない。

桜の季節はどちらかというと大阪より青森のほうが遅く咲く。
大阪だと、桜を花見するってまぁまぁ暖かい感じだが、
青森の方々にとってはまだ肌寒く、林檎の花の季節になってやっと春らしいとなると思ってほしい。
大阪だと5月アタマなんて暑かったりもするくらい。

私は今、ほぼ大抵の歌ならなんとかなるよっていう矜持を持てるようになった。
童謡に多い擬音だらけ言葉遊びみたいなのは難しいが…(ろう者は音で遊ぶのではなく手話で遊ぶのだ)

逆に言えばそれ以外だとあまり怖くはないかな?
特に今流行りの歌なんてのは基本的に何とかなる。
背景をしっかり掴まないとダメだけど。

例えばハナミズキは祈りの歌なのにラブソングだと勘違いするのはちょっとね…(汗)

歌には背景があるものほどその背景や心情をしっかりと表現できないといけない。
まだ、聴こえていた時に声のトーンというものの違いを感じたことがある。
キャッキャウフフ的な明るい感じのトーンからドンヨリドヨドヨな暗いトーン。

難しいのは今の自分の立場だとトーンの違いはわかりにくい。
なので、どの歌でもしっかりと研究してから作ることを心がけている。

その中のひとつが、その地域特有の表現

沖縄に行ったとき感じたのは眩しい陽射しではない。
あんな生易しい感じではない。
日射に圧を感じる。

冬の日本海…荒れに荒れる。
こっちだと雷が鳴ったら「うわ、雷だ!」ってな感じで屋内に…程度だったりするが
確か、日本海側のどこだったか北の方。
雷が鳴ると家電機器とかぶっ壊れるとんでもないのが当たり前だったりとか。

東北の人に雪のことを聞くと「しんしん」と音もなく降るようなそんなイメージじゃない。
あちらだと雪降っているのに音がなくなったら「ああ、雪で家が埋まったんだね」となる。

大阪での当たり前は、北や南に離れていくと当たり前じゃなくなる。
それを歌にしているなら、それを手話歌でもしっかりと伝えたい。

47都道府県の中で西日本はほぼ踏破済みではあるんだが(鹿児島〜沖縄島までの間と、長崎、佐賀を除く)
北は東北6県だと岩手だけ。
関東も北関東は未踏。
北海道だって道民から言わせれば、「千歳と富良野行ったくらいで北海道全部をわかった気にならないで」と言うだろうね。
札幌と函館、小樽とか名の知れた場所はあるけどそれぞれものすごく県を超えるようなくらい離れてる。

かつて、後輩が無謀なスケジュールで北海道に行った。
私はバイク乗りでロングツーリングというか旅の経験があるから「この距離は…無茶だ」と言ったんだが、
「大丈夫、行ける!!!」と言い放った後輩は当初の回るつもりだった場所…7箇所だったかな?
そのうちのぜいぜい3箇所くらいしか回れずに帰ってきた。

別の後輩は一回だけでいいから距離というものを感じたいと
「大阪南港ー志布志ー鹿児島ー奄美ー沖縄」みたいなルートで3日かけて行った。
3日間船の中…帰ってきた後輩の最初の一言が「沖縄って遠い」だった。

そうなんだよね。
日本は広いんだけど“普通”に生活している範囲では広さをあまり感じない。
大阪ー東京3時間半だっけ?
新幹線あるからそんな感じだけども…在来線で行くと高槻から2時間でやっと名古屋。
同じ2時間で西に向かうと姫路だ。

ろうあ連盟が出来てから結構経つけど、
それより前だとかそんな時代に活発に交流なんて難しいだろう。
ろう者だからとか関係なく。

そういう距離の隔たりの中でそれぞれの地域で育まれた言葉や手話を大事に
手話歌を作る時はそれもやはり取り込んでいきたいと、
今までそうやって教えてくれた方々への“感謝の想い”も込めて決意を新たにした。

頑張るぞ〜俺っ!!!


 

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Home >> コンセプト >> 日常に潜む不便とは

日常に潜む不便とは

最近、聴覚障害者である私と視覚障害者の方が不思議なことに共通の機材を使って
互いにコミュニケーションを図れることについて、そこから見えてきた内容を記載しておこうと思う。

私は自分が聴覚障害を持ってから体の一部機能が失われることに関して不思議に感じることがある。
私の場合は聴力の代わりに視覚、嗅覚が発達しているように感じるのだ。

運転免許の関係で何だったか検査的なものをやった時、教習所の教官が非常に驚いていたのを覚えている。
普段から視力を検査するといえば丸にどこかしら切り欠きがあるものを上だ下だ右だ左だとだんだん小さくしていき
結果としてあなたの視力は幾つですなどと判断される。

正確にはこれを「静体視力」というのである。
即ち、止まっているものを凝視して見える力のことを指す。

ちなみにメガネやコンタクトを着用している状態でも「矯正視力」で見えている範囲が一定値以上であれば問題はない。

と、普通ならこれだけで終わるのだが、普通じゃない視力検査がある。
これが一番違いがわかるという検査。

運転免許といえば乗り物に乗っている。
乗り物に乗っているということは相対的に周りの風景は動いている。
それをどこまで見えるのかという検査が「動体視力検査」

長年、教習所の教官として活躍されていた方が驚くのは何か。
まず、私の「静体視力」は1.8(“コンタクト”で矯正入ってます)
動体視力の検査結果が1.8

これに教官がΣ(゚Д゚)!!!!「え?もう一回」と。
それでも結果は1.8

長らく教官やってきているんだがぴったり同じは非常に珍しいんだそう。
聴こえない部分を補っているのだろうとは教官の弁。

嗅覚も同じで、「迷ったら幸仁に聞け」と言われていた。
肉とかの食材は賞味期限ってのがわからん時が。
普段はオカンは自分で嗅いで判断してるんだけど…やっぱり迷う時は迷う。
そんな時に私の鼻が役に立つんだそうな(笑)
少なくとも自分の判断でやばかった結果になったことはない。

わしゃ、犬か。(汗)

逆に視覚障害の方も凄い。
音声での指示に従いきっちりと動けるんだよね。
潜水艦の耳である「ソナー員(音響探知員)」のように
方角、大体の距離、すごい人は「何の音か」もわかるという。
それだけではない。
触覚もすごくて微妙な材質のものでも分けられるとか。

そんな目と耳という重要な感覚器官のどちらかを失った人というのは
それを補う凄さというのが個人差はあれど出てくるわけです。

かつて視覚障害と聴覚障害は同じ学び舎で学んだというくらい
近しい関係ではあったがコミュニケーションを図るには難しいことも多かった。
今はLINEやメールで会話ができるように。

私は文字で相手は文字読み上げと音声入力。
技術の進化ってすごいね。

自分自身、聴こえないがために困ることもあるんだけども
大抵の場合は何とかすることで対応してきた。

ただ、今回相方と仲の良かった視覚障害の先生が東京だったかに転勤。
その時に起きた事件は自分も想像外で驚いた。

私も宅急便などで困ることはよくある。
電話番号しかなくどう連絡すれば?と途方に暮れたことも。
在宅していたのに来たのに気づかず帰られた時なぞは…なんだか悟りの境地

今回のその視覚障害の先生の例では不在の間に宅急便が来たらしい。
もともと住んでいた場所では営業所などに電話をして対応などしておられたらしい。
今回は引越し先でさっぱりその情報がない。
誰かに「写メするから写真の番号など読んで」という…。

そこでハッと思ったのは多くの場合は不在票って紙。
印刷物って見えなかったら中身がわからん。(汗)
わからなければ電話できようがどこに電話したら良いのかから問題だ。

例えば宅急便の会社によっても不在票は様々。
ヤマトは厚めの紙に昔の切符みたいな切れ込みがある。
佐川はペラペラの紙にシール。
西農だったかはペラペラの紙に手書きの写し。

結局、たまたま対応してくれる人が居て「写メ」送ることになったんやけど
カメラがインカメラになっていて送られてきた写真は「部屋の天井」(汗)
「やっちゃった〜てへ♪」な感じで解決したらしいんですが

不思議だなと思うのは困ってるはずなのに「てへ♪」で済ます強さがあること。
自分もまた同じだから不思議に思う。

また、困るポイントは微妙に違うけど、
困るのは困るんやねということ。

なかなか不思議な体験をさせて頂いた…。

便利は便利になってきてはいるけど、
どこかで助け合いの心があるからやっていける。
無関心になったら本当に終わりだなとゾッとした。


 

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:コンセプト
Home >> コンセプト >> 今伝えたい、私の憧れ。

今伝えたい、私の憧れ。

何となく書きたくなったのでここに記す。

私が作った歌には「南国土佐を後にして」があります。
よさこい節のメロディーに合わせてペギー葉山さんが歌われておりました。

この歌を作る時、四国ろうあ連盟役員や高知県の青年部だった方(当時)に
相方の人脈のお陰で繋がることが出来、「あさいと(四国の手話 法廚DVDも手に入れることが出来、
なおかつ、その本には載っていない「その土地の人ならではの手話」を教えて頂き、無事完成することが出来ました。

日本全国「ご当地ソング」というべきものがあります。
その土地の方々しか使われない「手話」も数多くあります。

例を挙げると私の住む大阪のお隣は京都です。
京都といえば「祇園」
この「祇園」が地名の「祇園」と“祇園祭”の「祇園」は手話が違います。
ちょっと昔に、全国ろうあ者大会が京都で開かれました。
そこで披露された手話歌は「京都の地名」が八割いや九割だったでしょうか。
私はそれを見て衝撃を受けたものです。
これほど京都らしい歌って、「手話歌」って他にあるだろうか?と思うほどに。

さすがは日本初のろう学校が生まれた土地。
今までも自分はご当地ならではの手話を取り入れた手話歌を作りたいと思っていましたが
これを見て思い新たにしたことをまるで昨日のことのように思います。

今回は「青森」…私にとっては本州最北端で踏んだことがあるのは岩手県は山田町。
それ以外は北関東を含め、北側は未踏の地です。

西日本(近畿より西側)は島根、佐賀、長崎を除く全てを踏みました。
沖縄は残念ながら八重山だけですが。

一応、沖縄曲は沖縄の歴史や文化などをかなり研究しておりましたので
「沖縄出身者ですか?」と間違われるくらい(^_^;)…
実際は八重山のほぼ全域の島を踏破した程度なんですが。(鳩間など未踏の島はある)

東に目を向けると石川、富山、新潟といった北越エリア、東京や千葉には友人が居たのでそれなりに踏破してますが
神奈川は横浜、横須賀ていどで湘南はまだです。
静岡も微妙に通過しただけという感じ。
北と言えばいきなり海を超えて北海道それも千歳と富良野だけです。
北海道は何しろ広いですからねぇ。

日本全国の民謡やご当地ソングを手話歌にする場合…やはりその土地の手話を取り入れたい。
そして、その歌の舞台を実際に立って手話歌で歌いたい。
それが私の密かな憧れでございます。

あ、「襟裳岬」私が作った手話歌の中にあります。
襟裳の手話を教えて頂いてちゃんとその手話歌に組み込んであります。
この歌をうたう時は是非襟裳岬で歌いたい。

どこにでも取材に行きたいですし、
しばらく逗留してその土地の手話や雰囲気などを取り込んで作るのが一番やりたいことですね。

以上、私の密かな憧れでございました。


 

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