スポンサードリンク

Home >> 聴覚障害関連 >> 手話言語条例の光と闇

手話言語条例の光と闇

手話は言語である。
これが国連で採択されてから14年。

高槻市でも2020年4月1日より施行されました。

高槻市HP 「高槻市手話言語条例が施行されました!」(4月30日)
どのようなものかは上記、高槻市のHPを御覧ください。
かんたんな手話も覚えられる動画もありますよ。

今回は高槻市に待望の手話言語条例がスタートしたけれど、
昨今のコロナ禍によって、気づいたことをちょっと書き出してみようと思います。
【良点】
…鯵仂祿下垉擇喙袁辰箸いβ減澆魘縮持ってもらえるきっかけとなった。
聴覚障害者への合理的配慮の考え方が現れてきた。

これはいずれにしても本来身近なところに聴覚障害者が居るのに見た目では判断しづらい。
=居ないことになっている。
これが、もしかしたら居るかも?となっただけでも十分大きなこと。
手話もどんなものかわからない変なもの→聴こえない方は手話で会話をしていたのだと理解された。

合理的配慮の面は実は手話言語条例以前から課題となっていたが、
聴覚障害者の方に会うという事が非常に少ないため合理的配慮への実感がわかなかった。
=手話というものを知り、簡易的なコミュニケーション方法を知ると合理的配慮への考えに至る。

【悪点】
‐鯲磴修里發里鬚靴辰り理解されていない。
聴覚障害者=手話と捉えられ、それ以外の対応を考えない。
9舁的配慮=手話が必要と繋がるため、それ以外の配慮を考えない。
ぜ袁辰瞭颪靴妓里坊姫鵑気譴襦

,砲弔い討亘寨茲覆薀灰蹈焚劼なければイベントなど周知していただく取り組みができる。
これが出来ないまま、話題性が薄れてしまって広がりづらくなっている。
△海譴蓮⊆袁辰鮖箸┐訥鯵仂祿下圓發靴辰り理解する必要で、聴覚障害=手話ができるとは限らない。
故に、「手話推し」となってしまい、手話を使えない聴覚障害者や高齢者にとっては困ることが起きる。
こちらは「手話推し」を強く考えるあまり、指差しで指示、確認できる部分もやらなくなってしまう例かと思う。
い海譴…なんとも言えない。言語ゆえに手話の取得は時間がかかり、
日本語話者と同様の手話話者になろうと思うととんでもない時間がかかる。
日本語話者は乳幼児から日本語の海に育ち、国語として小中高と学んでいく。
言葉によるコミュニケーションが出来る年齢であろう3歳児から18歳までの15年間、日本語会話を積み重ねている。

3歳については以下
概ね 1 歳前後ではじめて意味のある言葉(初語)を発し、
1 歳半から 2 歳頃に語彙の急速な 増大と 2 語文の獲得、
3 才前後では 3 語以上をつなげて文を話し、
子ども同士でも会話を成 立させられるようになるというのが平均的な発達像である。

幼児期の言葉の獲得 - 東京成徳大学・東京成徳短期大学より抜粋
従って、15年かかって身につけた日本語と同じようなレベルを1ヶ月やそこら、
手話の海に浸っていない状態では身につくことは不可能である。

私もかつて公立高校などで13年手話を教えてきたが、週1で2年間(長くて)であった。
各地で開催されている手話講習会も基本的に週1で半年か1年。

難しさを感じるのは当然だろうと思う。

だが、多くの日常会話において中高生で習う国語の部分は使い切っているのかというとそうでもない。
基本ベースは小学校の間にもうできていると思うのだ。
これでも6年。
語彙数が足りない部分は覚えていくしか無いが、基本の文法構造を覚えることができれば、
多くの場合、それなりにだがコミュニケーションを成立させることが出来る。

難しさを先に感じてしまうと、簡単なことでも手話を拒否し、あくまでも音声に頼ろうとする。
この場合、昨今のコロナ禍におけるマスク着用では口を読むことが出来ず非常に会話が困難。

手話言語条例とともに合理的配慮はセットであるのだが、
聴覚障害者の多くは「みんなが手話を使えるようになればいい」という考え方が多い。
むしろ、手話が使えなくてもコミュニケーションが取れ、手話が使えるともっとスムーズであるという
「合理的思考」が必要ではないか?と私は考える。

コンビニでタバコやコーヒーを買う程度であれば必ずしも手話は必須ではない。
既に買うものはセルフで持ってきており、タバコに関しては発声できる人は番号を言い、
発声ができなければ同じものを見せればいい。

家電など相談の上、検討し購入しようかという店員とのやり取りが発生する状況下では
聴こえないことを述べ、紙に書いて欲しいと言っているのに声で話そうとする人がいる。
しかも、マスクのせいで口が見えないから理解のヒントになるものも拾えない。

これは非常に困ることでもある。
互いの思いやり一つで察することも出来、現時点でベストな方法をすぐに取れる。
これが一番大事ではないだろうか。

コロナ禍において音声情報は私にとっては口を読むという技が使えず、コロナ前に比べ
かなりゼロになっている。
視覚情報を得ようとする率が極端に上がり、非常にしんどい。

コロナにより行政の発表に手話通訳がつくようになり、「手話に関する知名度」は上がった。
だが、手話以外の部分ではどうなのか?という問題も顕になってきた。

ここは合理的配慮という考え方も広めるべきだろう。
マスク越しでは聴こえる方も聴き取りづらく間違いも発生すると聞く。
かんたんな身振りや手話でその間違いも減らせるとしたら本当の意味で互いが暮らしやすくなるのではないだろうか。
私は、そう思わずには居られない。
 

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:聴覚障害関連
Comment