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音楽の…???な部分。

音楽の「どういうこと?」と思う部分がたまに出てくる。
例えば楽譜の中に“休符”があるとどうなるのか?ということ。

答え:演奏しない。

そりゃまぁそうなんだけどさ…ずっと休符の曲まであるんだそうで。
日本語で正しく認識しようと思ったら「間」というのが非常に理解しやすい概念だそう。

つまり、音楽が止まるのではなく流れている。
その部分の音は出てない。そういうことだ。

この部分、健聴者も聴覚障害者だろうと関係なく平等に音は出ていない。

だが、音楽は流れているということ。

手話歌において、歌詞がない=手話がないといってもいいんだが、
視覚表現である手話歌ではあまり長い間は「無い」ことになってしまう。
音はもちろん流れてはいるが、見えない。

例えば、ギターソロなどが入る場合は弾いているシーンが見える訳だ。
つまり、お客様からして、終わったとかそういうふうに思わず、「続いている」と見える訳である。

それに対して、CDなど生演奏ではない場合はスピーカーからの音によって健常者は音楽が流れているとわかる。
聴覚障害者の場合はどうするのか?わからない。

昔流行った、サウンドバー?や照明のアクションで音楽が流れているんだよと感じてもらわねばならない。

ハコならともかく、そうでもないところ(照明設備なし)であるとどうすればいいか悩む。

一番ダメなのは棒立ち。
せめてスイングしてほしい。

懐かしの映画…シガニー・ウィーバーの「天使にラブソングを」を見た。
ゴスペルとしてのリズムパートは身体をシェイクしている。
歌う時は思いっきりだけど、間奏などの時はシェイクだな。

ワルツな曲だとステップ踏むのも良いかも知れない。

歌に対しての想いを寸劇のように表現するのも良いだろう。

だが、これについて思うのは、イメージが掴めていないと大根役者になってしまう。

これから夏がくる。
砂浜を駆け出して海に向かうところとか、
線香花火の儚さとか、
そういうのをやってみるのは如何だろうか?と思わなくもない。

子供時代やアオハルな時代を忘れてしまうと表現しづらくなってくる。

だいぶ昔だがバスタードという漫画があった。
ヘビーメタルなバンド名などが国の名前だったりする剣と魔法の世界だ。
あの漫画が連載中の時は魔法を使える体裁で呪文を唱えてみたり。

魔法って現代科学にはありえない事になっているけれど、
効果などはきちんと科学に基づいて出来ている。

オカルトかも知れないが魔法陣というものが世界のあちこちにある。
ここにないものを呼び出そうとするならば魔法陣を敷くなり、念を込めるなりするだろう。
例え、それが実際に起きないものであったとしてもなりきることが大事なのではないか?
これは漫画バスタードにでてくる魔法障壁(バリヤー)の呪文の発動シーン。

詠唱:エレエレナムメイリン
    精霊よ 我が盾となり給え

覇者霊陣「ストライ=バー」

これで障壁が完成する。

よく考えればお経だって祓詞だって呪文じゃないか。
印だって結ぶし。
これを、嘘だの適当だの思ってない訳だ。
どういう意味かはわかっては居なくても有り難いものだだとか。

あり得ないものを信じてるということが出来て、想像ができないというのはおかしくないかな?

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:手話歌考
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