スポンサードリンク

Home >> 手話歌考 >> 文章とイメージ

文章とイメージ

手話歌を作るにあたってイメージを思い浮かべるのですが、

文章に引っ張られアタマで理解しようとする人がやはり多いと思うのです。
特に、作る方はイメージを確立させているのに、そのイメージを“共有できていない”ことは多いですね。

動きにカッコつけるというのは、まぁあっても良いんですが、
意味から遠いカッコつけほど見ていて“意味がない”ので“痛い”のです。

私、コロナ禍でかなりのスランプに陥りまして、制作物も“棒読み”のような作品になってしまっており、
これではいけないとリハビリに励んでいるのです。

私の頭の中のイメージは数々の映像作品やゲームの世界、多くの知識、経験で構成されているのだと感じます。
40も過ぎて“厨二病”ではなんだかなですが(苦笑)

ですが、シャーマニズムにおける“見えざる力”や不可解な現象などもイメージには重要な意味を持ちます。

自然と共に在るならば自然に学びます。
風や光、水の動きなどは学ぼうと思えば学べるのです。

そして、錬金術をやっているような動きから見えてくる“なにか”


この画像を見て手で再現する。


こちらは火の玉のようなものですが青い。

手で表現する中でこのようなイメージをアタマに浮かべたまま手を動かすことと
“青い火の玉”と考えて手を動かすことは似て非なるものです。

これを、説明する時に日本語音声や文章で説明することになる。
受け手に想像力がないと実は“それっぽく見えるだけの何か”でしかないのですね。

陰陽術や、錬金術、魔術を実際に使えると思い、使ってみせる。
これは実際に発動しては非常にデンジャラスではありますが、「それくらいの気持ち」が大事です。

私は手に火を載せたことがあり、火球を発動させました。(勿論タネはありますよ)
ちょっとした手品なんですけどね。

本当にそうなると思ってなければ相手に信じさせるのは無理です。

ドラゴンが描かれたカードの上にドラゴンを立体化させる。
普通は無理でしょう。
ドラゴンのフィギュアをカードに載せるのは?
出来ますよね。
その状態を再現してください。

簡単なことなんだけど出来ないのはアタマで考えているからです。
考えるのではなく視るのです。

ジャンルを問わず映画(動画)を見て研究。
日々研究が大事というのはそこです。

歌詞の文章やその手話表現の説明に近い映像を探してください。
そして、それを再現してください。

それこそが深みのある手話歌作品の元になります。

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:手話歌考
Comment