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歌はミニストーリーである。

表題の通り、歌はミニストーリーであるということを考えてみたい。

喜怒哀楽が物語にはある。
起承転結も物語にはある。

歌の中に含まれている要素は様々な“想い”が入っていることは理解できると思う。
(もっとも歌にもよってそういう想いではなく“ノリ”、チャラ系で言うところの“バイヴス”というもの“のみ”のもあるが)

『故郷』(1914年(大正3年))の尋常小学唱歌を例にしてみる。
1番の歌詞は
兎追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷

この歌詞から何を想定するだろうか?
まず第一に自分の居場所は“故郷ではない”

山と川が出てくるが、これは幼き日の思い出と言って差し支えないだろう。
私はこの山と川は田舎風景がたとえ時間が経ったとして街に変わったとしても
変わらずそこにあり続けるものの軸として見ている。
また、思い出の中にある“原風景”を思い浮かべるということは
現在の居場所はその風景からかけ離れた場所に身を置いているのではないだろうか。

更に言うならば大正3年。
旅客機の時代は黎明期が大正8年にヨーロッパにて始まっていることから
鉄道で移動するような移動手段しか無い。
今のように高度に張り巡らされた鉄道網なぞなく、
汽車で長い時間かけて移動するものと言えよう。
近畿地方の京都−大阪−神戸といった、今では1時間以下で京都から神戸まで行けるような時代でもない。

これが近畿地方(京都を中心としてみる)と中国地方(岡山や広島方面)、東海地方(名古屋や静岡)であれば
どれくらい時間がかかるだろうか?

一旗揚げると意気込んで都会に働きに出たとする。
昭和の話だが沖縄から大阪へ、東北から東京へ集団就職に出た例もある。
一度出たら、なかなか帰れないのではないだろうか?
と、いうことは“望郷の念”は今以上に強いのではないだろうか?

そして2番
如何に在ます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出ずる 故郷

ここでは故郷で我が身を案じてくれているであろう両親
応援してくれているであろう同窓の友人たち
これもまた“距離”があってすぐには会えない身。
便りを交わすくらいしか出来ない時代に思い浮かべるのは
一番良かった思い出の笑顔ではなかろうか。
自分もまた両親や友人たちを案じつつも頑張るしか無い。

そして最後の3番
志を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷

なかなか帰れないからこそしっかりと自分の夢を叶えて
故郷に帰ろうという並ならぬ決意がここにある。

これを拡大解釈すると私の親父が中東・サウジアラビアに出向。
またはアフリカ・コートジボアールに出向。
家族に想いを馳せるのに似ているのでは?

同じく私がアメリカに住んだ時も、
約12時間のフライトでロスへ。
帰りたくてもそんなにすぐに帰れる距離ではない。

思い出す日本の風景って東京タワーとかではなく自分の家の周辺だったり、
見慣れている山や川のような特別なものではなかった。

故郷という歌は長い間変わらず歌い継がれている歌。
その中には1番から3番まで歌って初めて完成する物語があると思う。

短い歌なのに様々に表情を変える、心情を表す…
これを真の意味で歌い上げるには自分がまさにそういう状況だと
思い浮かべる事が大事。

今、生まれ育った場所にそのまま暮らしているとしても
ちょっとした旅の経験があれば“その場所にずっと暮らしている”と仮定して想像すると
故郷が今目の前に広がるだけに対比は強く感じるだろう。

手話は手のカタチ、動きに表情があってこそ“意味”をなす。
手話歌で歌っていて自分に何故か涙が伝うような入り込みができれば
それこそが最高の表現となろう。

シンプルに“故郷”という曲を例にあげたが
他の曲でもそれは同じ。
曲調が明るく楽しくとも“泣いている”のであれば“泣く”つもりで表現する。
それを突き詰めると見ている人には何かが届く。

カッコいいとか美しくだとか思って表現しなくても
必ずそうなるし、そう思って歌っている人ほど
見ている人からすればそんなにカッコよくも美しくもない。

入り込んだ“歌を演じる”方々のほうが自然とカッコよく、美しく見えるものだ。
それが手話歌の魅力だと私は思う。

それだけは勘違いしてはいけない。

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:手話歌考
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