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聴覚障害者の言語取得について【その4】

またまた時期が開いてしまいましたが、
聴覚障害者の言語取得についての「その4」です。
お恥ずかしながら、その4まで続くとは思いませんでした(^_^;)…
それだけ言語取得については様々な問題があるということですね。

さて、乳幼児期や幼児期における言語取得に関してはその3までで書かせて頂きました。

言語取得は聴力を失った“時期”とその後の教育(訓練?)によって大きな差が出てきます。
また、家庭や地域及び、学校の環境にも左右されます。

今現在でも生まれてすぐの赤ちゃんからご高齢の方まで聴覚障害者というのは数多く居るわけですが
それぞれの世代というか時期によっても大雑把なグループ分けができてしまう特徴を持ちます。
やはりこれはそれぞれの世代というか時期に
◎いつ聴力を失ったか
◎どのような家庭で生まれたか
◎どのような教育条件であったか
上記の3つとその組み合わせの数だけ分かれてきます。

私の例で言いますと「70年代前半生まれ」、「5歳頃発見」、「両親が健聴者」、「普通校育ち」
このような条件となります。

参考までに私の相方ですと「70年代後半生まれ」、「ほぼ生まれつき」、「両親が聴覚障害」、「ろう学校育ち」
上記の例になります。

言語取得の爆発期という時期があるそうですが、この段階で語彙をどれだけ得られたかで大きく分かれてきます。

1才児〜2才児は語彙が非常に少ないといわれています。
ですが、興味は非常にあり、執着も好奇心もあります。

この時には「4本足=犬」ということで「わんわん」ということは可能ですが、
「猫であってもわんわん」といったりする子もいるかも知れません。
この時は、「犬を見て“わんわん”という」というご両親などの発声を聞いて「わんわん」という言葉を覚えた。
ですが、それに繋がるのは何かというと「よく見ているもの」に繋がります。
「猫のいるご家庭」では「にゃんにゃん」が先かもしれませんが、
発音的には“わんわん”と“にゃんにゃん”どっちが言いやすいかという部分も関係するでしょう。

そこからどんどん「モノの名前」を覚えていく。
発声は単にその名前を言いたいからでしょうねぇ。

手話などの動きで「表現がこうだよ」ってわかっていたら、それを繰り返し言うようになるでしょう。

そこから次は「形容詞」…大きい、小さいなどですね。
あるいは「動詞」かもしれません。

ここから基本的な「5W1H」のルールを取得すると2回目の「言葉の大爆発期」が起きます。
「何故?」「どうして?」と次々と意味や答えを求める時期ですね。
早い子で3〜5歳、遅い子でも7〜9歳といわれてますねぇ。

そのタイミングでどこまでの“基礎語彙”を手に入れるかでその後の人生がだいぶ変わると感じます。

モノの基本を言えて、問うことが出来るならば、それを利用して更に言葉を覚えるのは容易くなりますから。

その積み重ねをどれだけ積んできたかで「その時点での語彙数」が決まってきます。
これは環境などの要因もありますし、本人の意志といいましょうか、うまい言葉が見つかりませんが
教育などの環境下においてどれだけ他者とのコミュニケーションを取ったか…ということになると思います。

大人になった私も「渡米時代」において、「日本語でのモノの名前」を「英語ではどう言うか?」から
英語の語彙数が増えていきました。
また、英語もそうですが、聴覚障害者のコミュニティーにも参加していたので、
ASL(アメリカ手話)での語彙数があっという間に増えて、帰国する頃には「日本手話」を忘れてしまった感がありました。
今では帰国してからかなり経ちますのでASLはもはや忘れた…という感じですが(汗)

この経験から考えると「鍵になる言葉」を手に入れて、
その鍵を使って扉を開けると「鍵になる言葉」が見つかるという印象でしょうか。

私が児童の言語取得及び、「語彙数拡大」を考えるに、
私が経験した「渡米時代の経験」が恐らく、幼少時に皆経験をしているのだろうと推察します。

大人になったときに何らかの差異が見受けられるのは、
その語彙数拡大に関しての「取得可能環境」とその維持が多分に関わってきているのではと思います。

よく聞く話の中に「ろう高齢者は国語力が足りない」などという話がありますが
それは恐らく、最低限の教育を受けてすぐに仕事というような世代に多いのでは?と思います。

私の父親も中卒で仕事に就きました。(後年、夜間学校で高卒になりましたが)
そのような時代ですと中卒で仕事という例は珍しくないでしょう。

「学校で勉強することがなんの役に立つ、そんな暇あったら算盤でも覚えろ」というような時代ですと
早いうちから職人の弟子だとかで仕事をされてますから、その仕事に関わる語彙はそれなりに持っていても
それ以外の語彙になると取得機会が少ないのではと思います。

また、1979年(昭和54年)までは義務教育の免除及び就学猶予というものがあったため、
それ以前に児童だった方々には学校行っていない方もおられる。

義務教育は6歳から15歳(小・中)であるのですが、学年は同じでも年齢は上の同級生が居たりという話も聞きます。
ろう学校に入れる余裕などが整っていれば良いのですが、
基本的に各県に一つだけみたいな感じが多いのですね。
そうなると、寄宿生活(寮生活)が難しい子も居るでしょう。

ある程度大きくなってから、やっとろう学校に入るという感じですかね。
今でも寄宿舎のあるろう学校(現在の聴覚支援学校)は多いです。

義務教育として通わせるには遠すぎる距離だったりしますので…
普通校に通う子はまだまだ少ない時代だったと思います。
その時代は学校が入学を拒否したり出来ますので。

1979年当時6歳だった方〜は「養護学校でも義務教育必須!」となりましたので
義務教育だけは最低限受けている方が居る時代だと思います。

このような環境下では語彙の取得に関して機会が多かった人と少なかった人との差は大きな幅となってしまうでしょう。

ちなみに義務教育の走りは明治33年の尋常小学校無償化からと言われています。
それまでは有料だったので行けない子も居た。
現在の形の義務教育のあり方に変わったのは1947年(昭和22年)の学制改革による。
盲学校とろう学校は1979年以前から健常者の普通校と同じように移行はできたが、
完全な今の形の義務教育がきっちりなされるようになるにはやはり1979年まで待たねばならなかった。
(日本初のろう学校は1878年、「京都盲唖院」が初)

nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:聴覚障害関連
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