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聴覚障害者の言語取得について【その3】

ずいぶん前回の記事から時間が開いてしまいました。
さて、前回は“語彙”=“モノの名前”についての考察を自分の体験も踏まえて書いてみました。

「語彙数と生活力は一致しない。」というのがある意味結論ですね。
“語彙”が必要とされるのは他者とのコミュニケーションにおいて…ですから。

モノの概念を知っていることと、名前を知っていることは必ずしも一致しません。
多くのろう者はモノは知っていてもそれを正確に表現する語彙が足りない場合はしばしば見受けられます。

前回例にしたのは「魚」、「アジ」としましたが、
この例は「魚」という大分類としての「モノの名前」と小分類での「アジ」という“魚の名前”を例にしております。

食べられるもの、食べられないものは人類発祥の時から…いえ、生物が誕生したときからの知識の積み重ねです。

これとこれは「同じく魚だが別だ」と他者に伝える場合は小分類でいうところの「アジ」など名前が必要になります。
お寿司屋さんの湯呑にあるような「魚の名前の漢字」のごとく、
大量の語彙を持っていると「自分が食べたい魚」を“特定”できます。

お刺身状態だと、マグロとカツオはパッと見分かりづらいですよね。
ここで「この魚はなにか?」という問いが出てきます。
返事によって「なるほどこれはカツオか」と理解するのです。

ですので、いわゆる「学がない」という方でも、それを表す語彙を持っていないだけで、
それは「どういうものか?」は知っております。

この部分は見えるもの、見てわかるものであれば、言語の違いを越えて相互理解は出来るものでもあります。
ただ、非常に面倒くさい。苦笑

言葉とはスムーズに物事を伝えることが出来るように生まれてきたと思っております。
そして、「これは〇〇という」といった形で周知していった結果…多くの語彙が生まれてきました。

ここでのポイントは先人が後輩たちに伝えていってるからというのがあります。
赤ちゃんは何も知らない。
語彙を持っていない。

そこに教えていくのは両親だったりします。
幼児期であれば幼稚園や保育園の先生など教えてくれる方々が増えてきます。

そこには“尋ねる”行為と“答える”・“説明する”行為があります。
ここには共通の言語が必要ですね。

乳幼児の第一声に「パパ」、「ママ」とどっちが先に言ってくれるか?などという話もありますが、
これは、毎日のように父親が「パパだよ〜」、母親が「ママだよ〜」と言っているのを認識して
真似をしてみると喜ぶという反応で「この人は“パパ”である」
「この人は“ママ”である」と固定することになります。

声を出しているが、「意味がわからない」というのはひたすら聴こえた音を真似しているという
いわば自己認識中なのです。

ここまでは聴こえるご両親と聴こえるお子さんの関係ですね。

これがお子さんが“聴こえない子”であった場合、“聴いて真似する”行為のうち“聴く”が出来ません。
親御さんがろう者で、お子さんが聴こえる子でも親御さんが発声しない場合は、
“視覚表現の真似”を行います。

この視覚表現の真似は聴こえるお子さんでもやりますが、
聴こえないお子さんの場合は目で見るものでしか判断できないので
動作を真似る行動が豊かになります。

聴こえない親御さんのもとに生まれた聴こえるお子さんの場合も
音は感じてはいるんだが、両親の会話は手話だったりなのでやっぱり動作の真似の量が多いようです。

ですので、「言葉とはなんぞや?」という非常に大きな哲学的テーマを子供のときにやるので
どんな形であれ、「モノの名前」などをどのように取得していくか?が幼児教育の課題でもあります。

言葉の大海のなかで揉まれて「言葉」を覚える子が「語彙力のファーストステップ」をいち早く踏み出せる。
では、聴こえない子は賑やかな雑踏のような場所での言葉は耳では入ってきません。
そのために「視覚表現」として「手話」を使っての「語彙力のファーストステップ」が必要ではないか?ということになります。

「モノの名前」に代表される語彙取得のきっかけは「どうやって?」が大切です。
そこには人種は関係ありません。
日本人の子供が日本語から覚えるとは限りません。
在日の外国人の子供も二世、三世ともなると一世世代の母国語なんて話せない例が一気に増えてきます。
在日韓国人や中国人の三世辺りの方にきいてみれば、ほとんど母国語よりも日本語です。

同じ例が日系の方々。
ロスに居たときにお会いした日系人三世世代の方々は英語ばかりで日本語は苦手。
ロス自体が結構アジア人多いので、多少は一世、二世世代の影響もあって日本語を喋られる方も居ますけどね。

もっと乱暴な言い方をすれば、元々はアフリカにルーツを持ち、
コンゴやギニア辺りのルーツを持っている方でもアフリカーンス諸語は話せません。

奴隷制があった頃からの延々とした長い世代交代の流れの中で既に英語以外はわからないということに。

ですので日本人の赤ちゃんが居たとして、孤児かなにかで里親に引き取られた時、
その義理のご両親が英語しか話せなければ「語彙力のファーストステップ」は「英語」であり、
「英語」以外にふれる機会がない…ということになりますね。

聴こえる子の「語彙のファーストステップ」はご両親などの環境に左右されますが、
聴こえない子の場合はどうしても聴こえる子のやり方では「語彙力のファーストステップ」は出遅れてしまいます。

大阪府の場合は「こめっこ」なる早期幼児教育を開始させ、「手話による言語概念」を図っております。
手話だけが達者になり読み書きが出来ないのでは?とも思うでしょう。
実はそんなことはなくて、「言語概念」さえ身につければ、それを元に日本語の読み書きに持っていくこともやりやすくなります。
コミュニケーションが成立するのでそれを生かして「教えることが出来る」からなのですね。

発声の機能を失っている訳でもありませんので、発声の訓練そのものはしっかりやれば話せるようにはなるでしょう。
ただ、口の形を真似して、出した声がどの様子なのかを指摘の積み重ねで“覚える”という形ですね。
発声に関してはそれ以外に手はないでしょうね。


nightfox-hq | comments(0) | - | pookmark | category:聴覚障害関連
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